母親と喧嘩して「ニート」って言われた話


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こんにちは、ねこじまです。

 

母に今朝、8時半に叩き起こされました。「いつまで寝てるの?」って。

 

「昨晩、注射の跡が痛んで夜中まで寝れなかったの。」と言うと「それだって、自分で選んだ留学の注射だから仕方ないよね?」と言われました。

 

「そんな生活、まわりから見たらニートと変わらないじゃない!」って怒鳴られました。

 

この中に私が本当に嫌な言葉があったので、私はまだ怒っています。そして、母に幻滅しました。

 

 

 

あとで話してわかったのは、母は近所の人に「こじまさんちの次女、実家に帰ってきているね。寮に住んでたのになんで?」と聞かれるのが嫌らしいです。

 

それから「結局アメリカいつ行くの?」と聞かれるのも。

 

そんなの「1月だよ」で済む話なのに、そこに「会社をやめて働いてない娘」「世間の常識から外れた娘」という他人から見た印象を重ね合わせて、恥じらいを感じているらしいです。

 

娘として、単純に残念に思いました。

 

 

 

この考え方の大人が世にはびこっているせいで、みんな会社員をやめれないんだと思うんですが、母もやはり、そっち側。

 

母みたいな考え方の存在が世に一定層いるから、みんな自分のやりたいことなんかを考える時間もなく、ひたすらに今の環境で頑張るんだろうなぁ。抜け出す選択肢がなくなるんだろうなぁ。

 

私は別に「会社やめて一生好きなことして生きようぜ!」だなんて極論は持ってないです。

 

むしろ会社員のことは尊敬しているし、なんなら道で会うガードマン、荷物を運んでいる配達員、全ての働いている人を尊敬しています。本当。

 

同時に、そういった一般的な道を選べなかった自分を恥じている時期もありました。耐え省がない自分が、いけない存在な気がしている時期も、ありました。

 

でも今はそうも思っていなくて、もう、そういう風に自分を卑下しないで済むようになりました。赤裸々なブログ記事を書いて、自分の気持ちを整理したあたりがおそらくターニングポイント。

 

▼参照
収入がない社会人は、生きてちゃダメですか? - ねこじま放浪記

 

人は人、私は私。

 

私はたしかに耐え省がなく我慢強くもなく、わがままで我が強い。そして会社も辞めてしまいました。

 

だけどそれ以外の長所がたくさんあるから、それを生かして生きていけばいいと、今はシンプルに思っています。道はたくさんあるし、選べる。

ましてや私の場合、キャリアアップしたいわけでも、大金持ちになりたいわけでも、世で大成したいわけでもないから、多分どうやってでも善く生きていけるんですよね。

 

今はフリーランスの仕事をちょこちょこやっているけど、ゆくゆくは「派遣社員×副業」でもいいなぁとおもっているし、やりたいことできる「会社」に入るのだっていいと思っています。そういう「職業形態で仕事を選ぶ」価値観は、もう捨てました。

 

(※ガイドが一番の夢だった私だけど、最近なんか変わってきている気もするの)

 

 


私は今、無職(とアルバイトレベルのフリーの仕事)の割には、しっかり生きています。自己管理をして、前を向いて、勉強したり何かに挑戦したり、お金をやりくりしたりして、きちんと生きてます。

 

そうやって無職の前向きな生活態度に自信があるとはいえ、たまには落ち込むことだってあります。

大使館での面接の帰り、予防接種の痕が痛んで、気を紛らわすためにランチをしたくなりました。おいしいパスタを食べて、自分を励ましたくなりました。

だけど、お金がないから、帰りました。ちょっと惨めな気持ちになりました。

 

いつもはそんなに気落ちしないけど、やっぱり体が痛いっていうのは、それなりに精神的にも落ち込むものなのだとおもいます。そしてそれを励ますお金の使い道ができないことも、全部自分のためだから誰にも慰められも褒められもしないことも、より私を気落ちさせました。

 

だけど、「働かない」で「好きなことする」って、そういう感情との折り合いをつけるのも含まれているから。そういう一つ一つのものと、向き合って、自己解決して生きないといけないから。

 

 

 

そんな風に、実はいろんなものと向き合って頑張っている人に対して、「会社辞めた」「定職に就いてない」というだけで、あれこれ言ってくる、大人にはなりたくないな。

そういう人のせいで、何人ものひとが自分のやりたいことをやってみるのを、諦めただろうな。やりたいことを諦めてひたすら働く自分を偉いって、納得させたんだろうな。

 

私とて、この悩みが贅沢なものということは重々承知しています。

 

いくら自分で働いたお金で好きなことするといえど、

まず日本に生まれてこんなに教育を受けられたことが今の私を作ってるし、

私は奨学金も借りないで済んだから、会社員のときの貯金を「自分のお金」にできるわけです。

 

だから、自分が恵まれてるからこういう決断をできたことを知っています。わかっています。

 

 

 

わかっているけど、わかっているから悩まないのか?といわれたらそんなことはないので、今日はこんな風に書いてみました。

 

世の中には、誰一人として同じ境遇の人はいないんだから、やっぱり人の選んだ道に対して、あれこれいうのはよくないよね。

 

 

 

追記

こう書くと、私は「ニート」と言われることにすごく不快感を持ってるように見えるけど、そんなことないです。友達には自分から「無職」とか「ニート」とか言ってるから、気にしないでね!

 

言葉そのものに不快感を示しているわけじゃなく、

 

一緒に住んで、私が取り組んでることも留学準備に奔走していることも、ぜんぶわかってる母が「世間から見たら恥」という結論を下したことに対する怒りなのです。

 

ねむいからおしまい