無職だからこそ。【無職独特の感覚について記しておく】

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こんにちは、ねこじまです。

 

深夜の殴り書きシリーズ、時間を取らない割に思いの丈をばばばばんと書けるので気に入りました。

 

今日は「無職独特の感覚」について、私のメモとして書いておきます。

 

いつかお仕事を再開して忙しくなったら、今の時間がたっぷりある感覚とか気持ちって忘れちゃったり、思い出しにくくなっちゃうんじゃないかなぁと。おもったのですよね〜。

 

 

 

会社員時代の同期と会ったよ

今日は、会社員時代の同期3人と久々に会いました。「久々に会おうよ」と連絡をもらったので、みんなで飲みにいったんです。

 

とはいえ、私は終始ソフトドリンクしか飲みませんでした。「あれ?ねこじまって酒飲まなかったっけ?」と驚かれました。

 

私は今でもお酒は飲めます。だからすごく楽しくなりたい日は飲みます。悪いことだとは一ミリもおもってません。

 

だけど、学生時代や会社員時代のように、理由もなく「とりあいず飲む」ことは今は辞めました。

 

理由は「無職だからこそ、頭が活発で能動的でなければならない」から。「無職だからこそ、自分の生活を自発的に管理しないといけない」からです。

 

 

 

何もする義務がない

今の私は、何をする義務もないので、朝から夜までテレビを見て寝っ転がっていても大丈夫です。

 

そして、それでも誰にも文句を言われません。誰にも迷惑をかけません。無職だからです。(なんて簡単な話!) 

 

でも、だからこそ、自分の時間をすごく管理するようになったんですよね。

 

なにもしなくても1日を終えられる無職だからこそ、自分で自分の1日を作らなければならないと、自覚したんですよね。

 

(いや、これ本当に私が「意識高い系」とかなわけじゃないんですよ、多分。みんな無職になればわかるとおもう。)

 

 

 

何時までも寝ていられる

「あした会社だ〜」という話にみんながなったときのことです。「ねこじまは明日なにするの?何時に起きるの?」と聞かれました。

 

答える前から「いいなぁ、ずっと寝てられるじゃん!」「超うらやましい!」という反応があったのですが

 

私は「いや、それがね、無職だからこそ割ときちんと生活してるんですよ。無職だからこそ、意外にまともに起きるんですよ。」と言いました。(決して早起きではないけどな)

 

すると、みんなから「理解できない!なんで!?」というようなリアクションをもらいました。そして、自分の会社員時代を思い出すと「たしかに理解できないなぁ。」と思い当たるのでした。

 

「毎日会社休みなら、毎日昼まで寝れて最高じゃん!」と私も間違いなくおもったと思います。

 

そうなんです。最高なんです。

 

もしも休みの期間が決まってればね。

 

 

 

オフの日の概念がない

働いてる日々の中の1〜2日、オフの日があったら最高に気持ちいいですよね。私も会社員時代、土日は朝から夜までベッドに寝っ転がっていても、幸せを感じられました。

 

でも、想像してみてください。無職には「オフの日」なんて概念ないんです。毎日、自分がそう決めてしまえば、オフの日なんです。多分一生。自分が何かしようと自発的に動き出さない限り。

 

そして無職が「なにもせず、何も考えず、一日中ベッドに居る」なんて日を過ごしてしまったら、それは本当にとてつもない虚無感に襲われるんです。それで迷惑をかける人もいなければそれに怒る人もいない。そして自分自身すら、別に直接的な被害は被らない。

 

すると、極端な話、自分の人生は何のためにあるのかわからなくなってしまうんですよね。「生きてても生きてなくても一緒」くらいの感覚になるんです。ほんとに!

 

 

 

「だったら働けばいいじゃん」とよく聞くし、ふつう人はそういう選択肢をとるんだとおもいます。 「このままじゃまずい」となったとき、人は「とりあいずバイトでもなんでもいいから働こう」とするんですよね。

 

これって正しい選択だと思います。人間として無意識に自分に備わっている社会性が「このままじゃまずい!」と感じ取ると、人は働いたり、学校に行ったり、なにか所属を探すんだと思います。

 

だけど私の場合、それはしたくなかったんですよね。色々とチャレンジしたいことがあったから。今取り組んでることもあったから。芽が出るまで育てたいことがいくつかあったから。(あと雇用保険の関係もあったから(えへへ))

 

だから私は、手っ取り早く自分を管理できる「とりあいずバイトする」などの手段を選びませんでした。

 

 

 

自発的に何かに取り組まないと死ぬ(精神が)

先ほども言ったように、休みの期間の決まってない「フリータイム」は、自分でやることを見つけ、その意義を探さないかぎり、無意義です。

 

なにより感受性が死にます。

 

自分が何を楽しいと感じて、何に興味があって生きてるのかも、わからなくなります。

 

これは自殺願望とかそういうネガティブな感情じゃないです。本当に、もっともっとシンプル。ただの虚無というか、なにもする気がわかない、だけ。

 

この状態に入ってしまうと、何か外的刺激がない限り、もう自分の頭で考えて何かをこなしたりはできないので、人生が詰んだ気持ちになります。

 

昼まで寝てもいいけど、毎日はただ何事もなく過ぎ去っていってしまう。なにかアクションを起こさないかぎり、なんの前進もない。自分の人生がすごく平坦な線になってるような錯覚がする。

 

毎日、自分の人生はなんのためにあるのか、(病んでるとかメンヘラとかでなく、冷静に)考えてしまうでしょう。

 

だってなんもしなくていいから。

 

 

 

定年退職した人や引きこもりの気持ちがわかるようになったよ

よく、定年退職した人が「社会とのつながりを失って孤独を感じる」とか「やりがいを失い暗くなる」なんて言っているのを聞いたことがありました。

 

私はそれを聞くたびに 

なんで?会社に行かなくていい日々なんてハッピーじゃん!

みんなどんだけ仕事好きなの!?

それって意識高い人だけでしょ?

私だったら朝から夜まで散歩したり本読んだりテレビ見たり寝たりして幸せに過ごすわぁ〜

そんな風におもっていました。

だけど、違うんです。たしかに会社に行かなくていいという部分だけに関してはとってもハッピーです。

 

でも「何をする時間か決まってない」「なにをしてもいい」「なにをしても正解でも間違いでもない。あなた次第。」という状態は、実は意外と、楽ではないんですよね。不幸とも違うけど。

 

自分の頭であれこれ考え、自分の心の動きをよく観察し、自分でいろんなことに能動的に取り組む状態じゃないといけないんです。

 

自分で自分の生活を、なにの時間に使いたいか、なにに捧げたいか、どう生きたいか、しっかり考えなくてはならないんです。

 

そうじゃないと、多分なんもせずに一日が、一ヶ月が、一生が、終わっちゃうんです。

 

自分で、自分を律したり、自発的に・能動的に自分がやりたいことを考えたり、取り組まないと、いけないんです。

 

 

 

この無職の期間…社会的義務が課せられてない期間に、能動的に動けない人は、多分引きこもりになってしまうんだとおもいます。

 

つまり、受動的にできる娯楽、たとえばテレビゲーム等に走って、自分の頭で何かを考え新しいことを始めたりする気力が、なくなっちゃうんだとおもいます。

 

人が引きこもるメカニズムが、わかりました。

 

(受動的な娯楽は、会社員の時のように毎日タスクに追われてる日々と、相性がいいんだろうなぁ。)

 

 

さいごに

私は今回、元同期にこの感覚を理解されず嫌な気持ちになったわけではないです。というか元会社員だった私は、みんなの反応が至極自然なことは一番わかります。

 

ずっと寝れていいなぁっておもうよね。超わかる。

 

でもね、ずっと寝れる無職だからこそ、きちんと起きないと自分の人生に意味を見出せなくなっちゃうんだよね。

 

無職経験者にしかわからない感覚があるということが、単純に面白いと思って、書いてみました。

 

 

まとまらないけど、今日はこんな感じでおわりにします。

 

はたから読んだら「意識高い無職のたわごと」ってかんじですかね。きゃ〜。友人にはいつも何も考えず、適当に会社やめたと思われているので、これが読まれた時のことおもうと、照れ臭さでどきどきします。

 

 

ではでは、ねこじまでした!

 

 

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